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ほたるばし

Dscn0372_3 子ども達がごみ拾いやら整備をしていると聞いていたので,遊歩道らしきものがあることはは聞いて知っていました。しかし私の寝室の目の前にある雑木林の向こう側に,あれほどの森が広がっているなどとは思いも及びませんでした。
 私がここに移り住んだのは大阪万博が終わって間もないころでした。それ以来大方この地を中心に生活していましたけれども,直線距離にしてたった150メートルぐらいのところにうっそうとした森があったのです。
 これはつい先日知ったことです。素敵じゃないですか。雨上がりの夕方,気まぐれに入った小径で,草花,草木,昆虫,たくさん見つけました。
 いくども繰り返し読んで来た聖書にも,しばしば発見というものがあって感動させられます。なんだかそれに似た気持ちになった一日でした。

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サンフランシスコから

Dscn0601 サンフランシスコ空港のラウンジでフリーのインターネットが使えています。この一週間米国をぶらぶらしていたのですが,一部ホテルからネットが繋がらないところもあって,ブログにアップできませんでした。
 サンフランシスコは,今から25年前,当時カルフォルニア大学バークレー校の教授をされていた先生を訪ねるために寄ることになった町です。金曜日の夕方,時間があったので,当時撮影した写真と同じアングルを探して歩き回りました。この写真はそのアングルではありませんけれどもこの大学のシンボルを撮影したものです。
 折しもこの日は卒業式で,卒業を祝う学生さんとそのご家族を沢山見ることができました。入学さえすれば卒業できるような風潮の日本とは全く違って,卒業できたことに喜び一杯の青年達が輝いていました。

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フィラデルフィア

Dscf0423_2 『イエスは三度ペテロに言われた。「ヨハネの子シモン。あなたはわたしを愛しますか。」ペテロは,イエスが三度「あなたはわたしを愛しますか。」と言われたので,心を痛めてイエスに言った。「主よ。あなたはいっさいのことをご存じです。あなたは,私があなたを愛することを知っておいでになります。」イエスは彼に言われた。「わたしの羊を飼いなさい。」』(ヨハネ21:17)
 フィラデルフィアという町がありますがその名は”友愛”という意味だそうです。所用があってしばしばアメリカ東海岸のフィラデルフィアを訪れます。フィラデルフィアの語源のフィレオーが耳に残りついヨハネ21章を思い出します。ちなみに黙示録にもフィラデルフィアという町の名前が出て来ますが,これは現在のトルコにあった地名だそうです。
 イエス様が十字架にかかる直前のこと,命をかけてイエス様に従うと誓ったペテロにイエス様は次のような預言をなさいました。「鶏が鳴くまでに,あなたは三度わたしを知らないと言います。」(ヨハネ13:38)
 実際にイエス様が祭司長らに捕らえられたとき,恐怖にかられたペテロは預言通りにイエス様を知らないと三度否定してしまいます。鶏の鳴き声を聞いたとき,ペテロはイエス様のこの預言を思い出して激しく悔いたようですが,十字架で亡くなられる師を仰いで彼はどんなに惨めな思いだったでしょうか。
 十字架の死と復活ののち,イエス様はペテロに対して三度「ヨハネの子シモン(=ペテロ)。あなたはわたしを愛しますか。」と問われます。ペテロはイエス様を裏切ったのと同じ回数,つまり三度イエスを愛すると告白して,罪が許され心も救われます。福音書(新約聖書の最初お4巻)を読んだことがある人ならもちろん,そうでなくてもこの記事は多くの人がご存じかと思います。
 私が普段使っている新改訳聖書の脚注には,イエス様がペテロに「ヨハネの子シモン。あなたはわたしを愛しますか。」と言われたとき,ギリシャ語のアガパオー(神の愛,喜んで自己を捧げる愛)で愛するかと問いかけているとコメントがあります。それに対してペテロは,私はあなたを愛します=フィレオー(兄弟愛,友愛)と答えます。アガペーとは答えていません。二度目にイエス様がペテロに問われたのもアガペーの愛でした。ペテロは最初と同様フィレオーと答えます。
 すると三度目にイエス様はペテロに対してフィレオーの愛で愛するかと言い換えられるのです。ペテロは三度目もフィレオーの愛でイエス様を愛しますと告白します。
 ペテロが犯した三度の罪を,三度の告白を求めて許されたイエス様。しかも三度目はペテロにしてみれば精一杯の言葉だったフィレオーの愛で「わたしを愛するか」と言い換えられたイエス様の姿,そのあわれみ深さにまぶしさを感じます。
 当時イエス様がギリシャ語を話されていたのではないようなので,少々読み過ぎかもしれませんけれども。

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