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生と死と天の国を感じて

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 カトリックの信者さんにとってはごく普通なのかもしれませんが,プロテスタントの私にとって聖堂の中に歴代教皇の遺骸が,それも見える形で安置されているのには驚きました。違和感と言った方が近いかもしれない。
 カタコンベもそうだったのですけれど,生と死,天の国の関係がすごく具体的で,信仰と強く結びついているのでしょうね。 うまい表現だとは思いませんが,日本の仏教に(が?)似ているかもしれない。これらを偶像崇拝的だと言われるプロテスタントの方々もおられるでしょうけれど,決して信仰の対象でも礼拝の対象でもないのでその批判はあたらないように思いました。むしろプロテスタントがこういった信仰なり文化なりを捨てた歴史を知りたいと感じました。
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ペテロの椅子

P1030061 初代キリスト教会の時代,教師は椅子に座って語ったのだそうです。椅子はその意味で権威の象徴。ペテロは人々にイエス様のことを語るとき,やはり椅子に座ったのだそうです。その椅子が現存するというのです。これまたびっくり。
 これらの写真は,サンピエトロ大聖堂の一番奥のところにある,聖霊様の臨在を意味する金色の光の彫刻と,その下の椅子です。ペテロの椅子はこの椅子の中に安置してあるとのこと。
 椅子に座られたペテロは,人々に何を語っておられたのでしょうか。

「『人は皆,草のようで,その華やかさはすべて,草の花のようだ。草は枯れ,花は散る。しかし,主の言葉は永遠に変わることがない。』これこそ,あなたがたに福音として告げ知らされた言葉なのです。」(ペトロの手紙一,1:24-25,新共同訳より)
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ピエタ

Dscn0367 ミケランジェロの最高傑作といわれるサンピエトロのピエタ(Pietà 、慈悲)の像。ガラス越しの撮影だったので鮮明には撮影できませんでしたが,これはすごい。そもそも石で柔らかい人の皮膚や髪,衣服を表現できてしまう素晴らしさ。マリヤの表情も,イエス様の姿も心に残る彫刻です。

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スイスガード

P1030014 サンピエトロ大聖堂へ入る途中,普通の人は入るはずのない階段の上の入り口に立っていた衛兵,スイスガードと呼ばれる方々なのだそうです。F神父様曰く「可愛い制服を着ているけれども訓練された優秀な兵士たちです。この人たちのところで悪い事はできません。」
 500年来,法王庁の警備にはスイスの兵士達があたっているのだそうです。そもそもバチカンは小さいけれど一つの独立国家。その国を守るのはスイスの兵士達というのはこれまた不思議な感じです。 「そもそも国ってなんなんだろう」ヨーロッパに来るとつい問いたくなる疑問です。

 見ていると,ときどき手前の階段を上がる人がいて,スイスガードと何やらしばらく交渉ごとをし,やがて残念そうに同じ階段を降りて来るというありさま。一体何を交渉しているのでしょう。
 ちなみに,この素敵な制服は,ミケランジェロのデザインだとか。

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サン・ピエトロ大聖堂

P1030008 サン・ピエトロ大聖堂は,私達が訪れたこの日,前教皇のヨハネ・パウロII世の命日にあたるということで,特別なミサが開かれていました。午前中は,この写真のように人出も多くはなくて比較的穏やかでしたが,夕方は大変なにぎわいでした。
 案内くださったF神父様と聖堂の中をゆっくり回ることになるのですが,ここも私達プロテスタントの信徒には目新しいことばかり。百聞は一見にしかずとは良く言ったものです。このあとそのいくつかを書き綴ってみようと思っています。スイスガード,ペテロの椅子などなど。

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食品店の前で,ちょっと一息

P1020711 流れは前後しますが,フィレンツェの路地の食品店の店先での一コマ。茶褐色の町並みとは対照的に店先には色鮮やかな野菜が並んでいます。日本で見ている野菜と色が違う気がしました。似ているけれどサイズだとか色だとかがちょっと違う。店内に入ると,8〜25年もののバルサミコだとか,乾燥ポルチーニ茸,瓶詰めトリフ,オリーブオイル,びっくりすぐらい多くの種類のパスタなんかがところ狭しと並んでいました。

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トレビの泉

P1020837 頭の中で勝手に想像していたトレビの泉と実際は全然違っていました。泉じゃなくて噴水なんですね。ポセイドン,トリトン,海馬の彫刻。これがポーリ宮の壁に設置されている。それにしてもここには沢山の観光客が集まっていました。

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真実の口

P1020930 サンタ・マリア・イン・コスメディン教会の入り口にある真実の口。映画「ローマの休日」でおなじみと言われます。三男が,イタリア旅行に出かける直前に買って来た東京バナナをこの口に差し入れた写真も取りましたけれど,あまりに不謹慎なのと構図がいまいちだったのでアップするのはやめておきます。
 嘘つきは手が抜けなくなると伝説があるそうですが,それはきっと間違いです。私の手は抜けましたから。

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サン・ジョバンニ・イン・ラテラノ大聖堂

P1030126  洗礼槽のあるところを短くサン・ジョバンニ大聖堂などと書いてしまいましたが,正式にはサン・ジョバンニ・イン・ラテラノ大聖堂と言うのだそうです。案内して下さったF神父様によると,ローマ帝国の時代,ラテラヌス家の持ち物だったこの建物と土地がやがて皇帝に没収され,コンスタンティヌス帝の時代にキリスト教徒に与えられたというのです。(聖堂は313年にこの土地に立てられ,隣接する宮殿は与えられたのが正しいかもしれない。)

 現在のサン・ピエトロ大聖堂が出来る前は教皇がおられたというのですから無理はありませんけれども,すごく美しくて贅沢な作りの聖堂です。

キリスト教会として貴族の邸宅が使われた。この地の文化の中にキリスト教の信仰が根ざしていった流れを感じさせられました。天井の彫刻一つを見ても素晴らしいものばかりです。

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洗礼槽

P1030161_2  20年ほど前に,現在の教会に流れ着いた頃,N牧師が近くの川で洗礼を授けているのに幾度か立ち会いました。イエス様がヨルダン川で洗礼者ヨハネから洗礼を受けたという聖書の記事をそのまま実行しいる洗礼式に感動したものでした。
 更に4年ほど遡った春の日,私は,礼拝堂の講壇の下に設置されていた浴槽のような洗礼槽で受洗しました。学生時代を過ごした中部地区の教会でのこと。
 N牧師とK川や,T川で洗礼式に同席するようになってから,洗礼はどこですべきなのかそれなりにこだわって他の教会の様子を気にしていました。やがて私達の教会でも洗礼槽を準備し,会堂の1階で洗礼式をするようになりましたが。
 この写真は,ローマのサン・ジョバンニ大聖堂の洗礼槽です。あのコンスタンティヌス大帝が自らの洗礼のために造らせたとのこと。そうなんだぁっと,ちょっとホッとしました。

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