私が歌うのは天と地の造り主

 旧約聖書には楽器に合わせて神様を賛美するという箇所が何度も繰り返し出て来ます。歴代誌I 15章には十弦の琴,八弦の立琴ということばと,多くの人々が奏楽をし神様を賛美する様子が記されています。昨今の礼拝でもピアノやギター,ベースギター,ドラムセットが会堂の前に並び賛美がなされます。考えてみると当時と同じですね。

 学生時代にフォークソングのアーチストの演奏を聴き,奏でられるアコースティックギターの音色に魅せられて育ちました。学生が買えるギターでそこまで良い音がでる訳もありませんでした。今になってようやく納得のいくものを手に入れられるようになりました。祈りあってのことではあります。これは本当に主の恵みです。

 あのころ私たちは何を歌っていたんだろう。ちまたでは恋愛が歌われていたのですが自分が歌いたかったのはそうではなかった。何を歌いたいのか本当は自分でも分からなかった。そしてずっと後になって,私が歌うのは,天と地の造り主,ただ主を賛美したいのだということを知りました。

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久し振りに家族が集まって

 夏休みとは言っても家族それぞれ仕事があったり勉強があったりして集まれるとは限りません。今夜は本当に久し振りに全員が集まりました。長男は福井県から,次男は北海道から,三男は神奈川県から。子供たちが集まるとほっとしてだめ親父になってしまいます。

 写真は30年も経って先ほど衝動買いしたギターです。そうこのギターの音色に憧れてフォークソングのバンドを作り,当時は本当に毎日3時間も練習して,仲間たちと歌っていました。
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我が家の書初め その1

P1040635 私は参加しないのですが,家内が子ども達とやる書初め。これまで書道は美術だと思って育って来ましたが,この好き勝手な文字が私の家族の文化かもしれません。

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京の都

Image034 京都を訪れたことは子供時代を含めて幾度もあるのですが,あえて御所に来る機会はありませんでした。時間調整のために立ち寄ったこの日はあいにくの雨で人は少なかった。小砂利の敷かれた広い道は独特の雰囲気をかもしだしていました。

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阿波おどり

Image032『主の箱を担ぐ者が六歩進んだとき,ダビデは肥えた雄牛をいけにえとしてささげた。主の御前でダビデは力のかぎり踊った。彼は麻のエフォドを着けていた。ダビデとイスラエルの家はこぞって喜びの叫びをあげ,角笛を吹き鳴らして,主の箱を運び上げた。』(サムエル記下6:13-15)
 徳島の新しい空港は”徳島あわおどり空港”というのだそうです。立派な地方空港です。この写真は空港ビルの入り口のところにあるモニュメントでしょうか。今にも動き出しそうな存在感があります。私は阿波踊りをまだ生でみたことはありません。笛,三味線,太鼓などが使われるそうです。
 阿波踊りについては知らないのですが,考えてみると日本のこういった踊りや,神輿,山車の行列は,旧約聖書のサムエル記のダビデやイスラエルの人々が神の箱を迎えたことと同じ型をしているんですよね。不思議。

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鳴門の渦潮

Image028『突風が湖に吹き降ろして来て,彼らは水をかぶり,危なくなった。弟子たちは近寄ってイエスを起こし,「先生,先生,おぼれそうです」と言った。イエスが起き上がって,「風と荒波とをお叱りになると,静まって凪(な)ぎになった。イエスは,「あなたがたの信仰はどこにあるのか」と言われた。」』(ルカによる福音書8:23-25)
 過去に四国に渡ったのはいつだったろう。所用があって徳島を訪れました。淡路島側を臨みつつ鳴門の渦潮を初めて見せていただきました。
 聖書の中の弟子たちの経験を人ごとのように読むのではなくて,自分に起きたと想像しつつ迫力の潮を見ていると,きっと同じように不安/不信仰に陥り,イエス様を起こしてしまうだろうと感じました。

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P1040523 『「わたしは雲の中に,わたしの虹を立てる。それはわたしと地との間の契約のしるしとなる。わたしが地の上に雲を起こすとき,虹が雲の中に現れる。わたしは,わたしとあなたがたとの間,およびすべて肉なる生き物との間の,わたしの契約を思い出すから,大水は,すべての肉なるものを滅ぼす大洪水とは決してならない。虹が雲の中にあるとき,わたしはそれを見て,神と,すべての生き物,地上のすべて肉なるものとの間の永遠の契約を思い出そう。」こうして神はノアに仰せられた。「これが,わたしと,地上のすべての肉なるものとの間に立てた契約のしるしである。」』(創世記9章13節〜17節)
 写真は,8月9日の夕方,ひたちなか市のモールで撮影したものです。次男と空を見上げてこの光景を満喫していました。

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鐘が割れるほどに

Dscn1645 一年振りにアメリカ,ペンシルバニア州のフィラデルフィアを訪れました。この町には”リバティベル”とか”自由の鐘”と呼ばれる鐘があります。アメリカが独立戦争(1775-1783)の少し前1753年にこの地に設置されたそうです。独立宣言や奴隷解放宣言などアメリカの歴史を見て来た証人。初期にヒビが入ってしまったそうですが,それほどまでに大事な記念,喜びの象徴として打ち鳴らされて来たのでしょう。
 求め信じたものを得たとき,悲しみにさいなまれたとき鳴らされた鐘。日本人にしてみればこの鐘そのものは記念ではないです。ただ祈り,信じ,祝福が与えられたとき,神さまに助けを求め叫ぶときこの鐘にヒビが入ってしまったように真剣に祈り,感謝できたら良いのにと思うこのごろです。

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善悪の知識の実

P1040290 アダムとイブが食べた禁断の木の実が,リンゴのようなものだと描かれた絵画を見ることがあります。本当はどんな実だったのだろうか。そんなことをと思いめぐらしています。
 これは丹東で過ごした夜にパブでお土産として持たされた果物です。そもそもお酒を飲まない私にパブはないでしょう。苦笑してました。
 本来は私が接待をしなければならないお相手だったのですが,反対に遠方から来たお客様として私達が大変なおもてなしを受けました。断わることができず酒場に連れて行ったときにいただいたもの。珍しい果物もあったのでホテル自室のテーブルに置いて写真を撮りました。たぶん”善悪の知識の実”はそんなに美味しいものではなかったと勝手に想像しています。

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歩いてみて

P1040270 城壁の上はこんなようすです。きれいに整備されていたので周囲の緑と相まってハイキングコースのようです。この城壁で北方からの異民族の侵入を防いだという雰囲気は感じられません。当時の時代背景を理解しないと難しいかもしれません。

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